トピック(藻類)

チョウチンミドロとシマチスジノリ

緑藻のチョウチンミドロと紅藻のシマチスジノリは、沖縄県内の湧水地に生育している淡水産大型藻類の中でも、特に重要な種と考えられています。

チョウチンミドロは世界に広く分布していますが、日本では沖縄島、宮古島、与那国島に分布しています。(香村 1998、岸本ら 2017)。清澄な水が湧く湧水口付近や湧水が流れる流水中に主に生育しますが、河川や水田などでもみられ、多くは日当たりの良い場所に生えています(写真1)。チョウチンミドロは、名前の由来にもなっている提灯のような接合子(写真2)による有性生殖と、アキネートによる無性生殖が知られていますが、沖縄県に生育するものではアキネートの形成は知られていません(香村 1998)。新崎(1953)は、チョウチンミドロの現産地が古生代初期(約5億年前)の海岸線や浅海底と推定されるところに重なることから、チョウチンミドロはかつて陸地沿岸の浅海底に広く分布していた海藻で、地殻変動により陸封された後、その環境に順応したと考察しています。チョウチンミドロが陸封された海藻である根拠として、横浜(1982)により、深所産の海産緑藻類がもつ光合成補助色素をチョウチンミドロも共通して持つことが示されています。浅所産の海産緑藻類は異なる光合成補助色素を持つことから、かつてチョウチンミドロは海底で生育していたと考えられています(横浜 1982)。

  • 写真1:チョウチンミドロの藻体。
    湧水地などで主に日当たりの良い場所に生えています。

  • 写真2:チョウチンミドロ接合子。
    提灯のようにぶら下がるように形成されます。

次に、シマチスジノリは東アジアやミクロネシアにも分布し、タイプ産地のグアム島では河川に生育しています(熊野 2000、熊野ら 2007)。県外では鹿児島県の与論島の湧井戸から本種の生育が報告されています(洲澤ら 2010)。沖縄県内では沖縄島、宮城島(写真3)、宮古島(写真4)、波照間島(写真5)で生育が報告されており、いずれの産地も井戸や泉で、河川からの生育報告はありません(熊野ら 2007、岸本ら 2009)。宮古島のものについては、熊野ら(2002)により変種の可能性が指摘されており、波照間島のものはチスジノリ属藻類として報道されましたが、シマチスジノリとしての正式な報告はされていません。

しかしながら、ここではいずれもシマチスジノリとして扱います。シマチスジノリは、チョウチンミドロとは反対に、止水中や水の流れが緩やかな所で半日日陰になるような場所で壁面や底の石などに着生しています(写真6)。シマチスジノリが属するチスジノリ属の生活環は、大型の配偶体と有性生殖により配偶体上に形成される果胞子体、そしてシャントランシア期とも言われる微視的な胞子体の3世代交代を行います(右田・当真 1990、吉崎 1993)。沖縄島と宮城島からは、これまでに約30カ所の湧水地で生育の記録、確認があります(仲田 1963、久場 1987、金城 1966、香村1998、熊野ら2002、熊野ら 2007、須田・比嘉 2015)。

しかし、現在ではほとんどの産地で生育が確認されておらず(香村 1998)、近年では10か所程度まで減っています(比嘉 私信)。シマチスジノリの発生地として国の天然記念物に指定されている識名園の育徳泉(写真7)では、1969年以降は藻体の発生が見られず消滅したと考えられていましたが、2002年に再び生育が確認されました(沖縄県 2006)。また、今帰仁村天底の県の天然記念物のシマチスジノリも(写真8)、香村(1998)の報告を最後に藻体の発生が見られていませんでしたが、2014年と2017年に生育が確認されました(比嘉 私信)。このような例から、かつてシマチスジノリが生育していた湧水地でも、生育環境が好転すると再び発生することが考えられるので、水系全体の保全および水環境の改善や維持はとても重要です。かつては本種を食していた地域もあるようで(香村 1998)、地域の食文化を探るうえでも重要性があります。

チョウチンミドロとシマチスジノリの生育地は石灰岩地帯におおよそ一致するため、石灰岩地域特有の水環境であると考えられています(香村 1998)。このようなことから、チョウチンミドロやシマチスジノリは、琉球列島の成立過程を考える際の貴重な生物であり、石灰岩地帯における湧水の指標生物になりうると考えられています(香村 1998)。

(株)沖縄環境分析センター 比嘉 敦

  • 写真3:宮城島の生育地。

  • 写真4:宮古島のシマチスジノリの生育地。

  • 写真5:波照間島のシマチスジノリの生育地

  • 写真6:シマチスジノリの藻体。壁面や底の石などに着生している黒いモズクのような藻体がシマチスジノリです。

  • 写真7:シマチスジノリの発生地として国の天然記念物に指定されている識名園の育徳泉。

  • 写真8:今帰仁村天底のシマチスジノリの生育地

参考文献(アルファベット順)
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