トピック(哺乳類)

  • オキナワコキクガシラコウモリ
  • ヤエヤマコキクガシラコウモリ

洞窟性の小型コウモリ ミヤココキクガシラコウモリを中心に

 夜、人家の庭先や公園など身近な場所で大きなオオコウモリのなかまを見たことのある人は多いでしょう。昼間に公園のモモタマナの樹下をみると、夜にオオコウモリが果肉を食べたあとの大きな種子がいっぱい落ちています。いっぽう、広い林のなかやそのまわりではずっと小さなコウモリ(小型コウモリとします)のなかまが餌の昆虫を求めて飛び交っています。これらの小型コウモリは、多くの場合、昼間は洞窟をねぐらとしています。また、子育てなど繁殖の場としても利用しています。本県は琉球石灰岩からなる地域がひろく分布することから、各地に多くの洞窟があります。そのため、沖縄諸島から八重山諸島にかけて小型コウモリがおり、それぞれの地域で独自に進化して異なる種に分かれているものもいます。たとえば、鼻のまわりがひろがった顔つきが特徴のコキクガシラコウモリのなかまは、沖縄島や久米島などにすむオキナワコキクガシラコウモリ、宮古島と伊良部島に知られるその亜種ミヤココキクガシラコウモリ、石垣島や西表島などのヤエヤマコキクガシラコウモリの3種(亜種ふくむ)にわかれています。このうちの、ミヤココキクガシラコウモリは絶滅したものと考えられるとして、第3版(2017)の改訂で新たに「絶滅」に判定されました。このコウモリは、1971年に旧城辺町(現在の宮古島市)のアブチャー洞窟で10個体足らず確認されたのち生存が確認されていません。人目につかない生活をしているために、いつ絶滅したのかなど正確なことはわかっていないのです。

 今回、1970年代後半から1980年代の前半にかけて宮古諸島で洞窟調査をされた、普天満宮宮司の新垣義夫さんに当時の状況についてお話を伺うことができました(平成30年5月ききとり)。新垣さんは、沖縄県が1979年におこなった島内全域の調査で洞窟地形や遺物の調査を担当され、調査隊として宮古島旧上野村(現在の宮古島市)のピンザアブ洞窟の洞内堆積物から旧石器時代の人骨や今では見られないノロジカの骨が発見されたとのこと。この洞窟では、1980年代前半にも本格的な学術調査がおこなわれ、新垣さんも調査に参加されています。このときの調査隊はさらに小型コウモリの骨や現在では奄美諸島や沖縄島にしかいないケナガネズミの骨などの貴重な化石を確認したそうです。ただ、新垣さんがこれまで複数回ピンザアブ洞窟に入っても、生きたコウモリは見られなかったとのこと。1979年の調査では、新垣さんは生きたミヤココキクガシラコウモリが最後に確認されたアブチャー洞窟など島内のほかの洞窟でも調査されましたが、当時でもすでに生きている小型コウモリは見ることはなかったようです。ミヤココキクガシラコウモリは2つの島にしかすんでいません。過去には絶滅種が再発見される事例もありますが、この地域で絶滅と判定されることは、このコウモリが世界からいなくなってしまった可能性がかぎりなく高いことを意味しています。これは大変悲しいことです。私たちはこのことを教訓として、これからの環境保全の取り組みを考えていくことがもとめられています。

(「洞窟性の小型コウモリ 絶滅種ミヤココキクガシラコウモリを中心に」は、普天満宮宮司の新垣義夫さんへの聞き取り、レッドデータおきなわ第3版(動物編)の対象となる種の解説文章、日本コウモリ研究誌(前田,2001)沖縄県洞窟実態調査報告Ⅲ(沖縄県教育委員会,1980)をもとに、沖縄県が構成しました。)

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